生前贈与 - 実例 -

ケース 1推定相続人(相続人となる予定の人)2名の仲が悪く、相続の際に揉める可能性が高いため、不動産の生前贈与をする場合

Aの相続人は長男Bと二男Cの2名であるが、兄弟間(BC)の仲が悪く、相続の際に遺産分割協議で揉める可能性が高いため、自宅である土地をBに生前贈与をしたいと考えている場合。

生前贈与の内容について

生前贈与する財産

土地1筆(Aの所有する持分)

生前贈与する持分

長男B      不動産価格の111万円にあたる持分を贈与

長男Bの妻     不動産価格の111万円にあたる持分を贈与

長男Bの子(孫)  不動産価格の111万円にあたる持分を贈与

生前贈与のいきさつ

Aさんは、5年前に配偶者に先立たれ一人暮らしをしていましたが、3年前から長男Bさんが同居して生活の面倒をみてもらっていたため、自宅の土地、建物についてはBさんに相続してもらいたいと考えていましたが、最近になって長男Bさんと二男Cさんの兄弟仲が悪くなり、相続が発生したときのことが心配になりました。

Aさんは、まだ年齢が60代と若く、今後の自身の老後の資金のことなども考えると資産状況が大きく変動することが予想されるため、現時点では遺言書を作成するつもりはありませんでした。

しかし、Aさんが所有している自宅の土地、建物については、できれば生活の面倒をみてもらっている長男Bさんに譲りたいと考えていました。

また、Aさんは自身の相続の際の相続税についても何か対策をしないといけないと思ってはいたものの、どのような手続きをすればよいのか分からず当事務所にご相談にいらっしゃいました。

推定相続人(相続人になる予定の人)の一人に不動産を譲りたい場合、また、相続税対策としても利用できる手続きとして、どのような方法があるのか?

 

 

1.手続きの方法

今回のケースで考えられる方法としては、下記の3つの方法があげられます。

① 生前贈与 (贈与税の年間基礎控除額110万円を利用した贈与)

② 生前贈与(相続時精算課税制度の非課税枠2,500万円を利用した贈与)

③ 遺言書の作成

 

Aさんは前述のとおり、遺言書を作成する意思はなく、また自身の土地の所有権全部を長男Bさんに一度に贈与することには躊躇があったのと、②の相続時精算課税制度の利用をしてしまうと、今後、贈与税の毎年の基礎控除額110万円を利用できなくなり、さらには、相続時の小規模宅地の特例を利用することもできなくなってしまうため、相続税対策には不利となることを考えると①の贈与税の年間基礎控除額110万円を利用した贈与をし、さらにBさんのみならず、Bさんの妻やBさんの子(孫)にも贈与したほうがよいと考え、①の方法を選択されました。

また、Aさんは来年以降についても同様に贈与をすることを検討されていたため、贈与額については110万円ではなく、あえて111万円とさせていただきました。

理由としては、例えば親が子1人に対して毎年10年間にわたり110万円贈与を繰り返し行ったりすると、税務署から1,100万円を一括贈与したものとみなされて贈与税を課税される可能性があるため、あえて贈与税を1,000円税務署に納付することにより、今後、数年間にわたり毎年贈与を行ったとしても一括贈与と判定されないようするためです。仮に1,100万円の一括贈与と判定されてしまうと207万円の贈与税を支払わなければならないことになりますので注意が必要です。

 

*生前贈与をしたのは令和6年1月1日以前であったため、相続時精算課税制度を利用すると、贈与税の年間基礎控除額110万円の適用を受けられません。

 

*小規模宅地の特例とは、相続開始の直前において被相続人(Aさん)またはBさんが自宅に居住していた場合、土地の面積330㎡までを限度に相続税の計算上、土地の価格について80%の減額が受けられる制度となります。

 

*相続時精算課税制度を利用した贈与を行う場合、長男BさんがAさんより先に死亡した場合には、Bさんの相続人に相続時精算課税制度が引継がれることになり、結果として相続税が増える可能性がありますので注意が必要です。

 

*相続税対策として、Bさんの妻、もしくはBさんの子(孫)をAさんの養子にして法定相続人を1名増やすことにより、相続税の基礎控除額を600万円増やすことも可能ですが、Aさんの意向により養子縁組は行いませんでした。

2.贈与契約書の作成及び必要書類の収集、法務局にて登記申請手続き

土地を贈与するにあたり、贈与契約証書を作成しAさんと長男Bさんに署名押印をしていただくことになります。当事務所にて贈与契約書を作成し、お二人の署名押印をいただきました。

また、併せて土地の贈与による所有権一部移転登記をするにあたり、必要な書類(土地の権利書とAさんの印鑑証明書)をご準備いただき、残りの必要な書類については当事務所にて取得させていただきました。

その後、当事務所が法務局にて、Aさんから3名(Bさん、Bさんの妻、Bさんの子)への贈与による土地の所有権一部移転登記の申請をさせていただきました。

法務局の登記手続きの処理に約1~2週間必要となります。

登記が完了すると登記識別情報通知(従来の権利書にあたる書類)が法務局から発行されますので、完了書類一式をAさんとBさんにご返却させていただきました。

 

*不動産を贈与された場合には、必ず法務局にて登記手続きを行ってください。もし、登記手続きをしないと、後からCさんや他の第三者から土地の贈与の効力について異議を述べられて争いになる可能性がございます。

3.税務署にて贈与税の申告及び納付手続き

今回、Aさんから3名(Bさん、Bさんの妻、Bさんの子)に各111万円相当の土地の持分を移転したため、管轄税務署にて翌年の2月1日から3月15日までに贈与税の申告と贈与税1,000円を納付する必要があったため、当事務所の提携税理士に依頼をして、無事に贈与税の申告と納付が完了しました。

 

*贈与税の申告は贈与を受けた年ではなく、翌年の2月1日から3月15日までに申告をする必要がございます。

注意点

① 生前贈与をしたのは令和6年1月1日以前であったため、相続時精算課税制度を利用すると、贈与税の年間基礎控除額110万円の適用を受けられません。ただし、法改正により令和6年1月1日以降に相続時精算課税制度を利用する場合には、贈与税の年間基礎控除額110万円の適用を受けることができます。

 

② 小規模宅地の特例とは、相続開始の直前において被相続人(Aさん)または同一生計であった親族(Bさん)が自宅に居住していた場合、土地の面積330㎡までを限度に、相続税の計算上の土地価格について80%の減額が受けられる制度となります。ただし、相続時精算課税制度による贈与を行った場合には、小規模宅地の特例を利用することができなくなり、相続税の納税額が多額になる可能性がございます。

 

③ 贈与税の年間基礎控除額110万円を利用して、毎年贈与を続けると、税務署から一括贈与とみなされて贈与税が課税される可能性がありますので注意が必要です。

 

④ 不動産の贈与を贈与税の年間基礎控除額110万円を利用したうえで、111万円にあたる不動産価格を贈与したうえで、税務署に1,000円の贈与税を納付することはよいと思われます。それに対し現金・預貯金の贈与を行う場合には、実際には贈与は行われておらず、名義預金(親が子の名義で預金をしているだけで実態上は子に贈与は行われていない)と判断される場合があり、税務調査の対象となったり、贈与した現金・預貯金についても相続税の支払いをしなければならない場合もありますので注意が必要です。

 

⑤ 相続時精算課税制度を利用した贈与を行う場合、受贈者(長男Bさん)が贈与者(Aさん)より先に死亡した場合には、受贈者(長男Bさん)の相続人に相続時精算課税制度が引継がれることになり、結果として相続税が増える可能性がありますので注意が必要です。

 

⑥ 令和6年1月1日より、贈与税の年間基礎控除額110万円については、贈与者(Aさん)の死亡から7年遡って相続税の課税対象となりますので、贈与者の年齢が高齢の場合には、贈与税の年間基礎控除額110万円の適用を受けられなくなる可能性もございます。

 

⑦ 不動産を贈与された場合には、必ず法務局にて登記手続きを行ってください。もし、登記手続きをしないと、後から相続人や他の第三者から土地の贈与の効力について異議を述べられて争いになる可能性がございます。